加古川経営者協会_ロゴ加古川経営者協会_ロゴ

トピックスタイトルトピックスタイトル

平成30年度経営者層研修旅行

11月8日(木)~11月10日(土)2泊3日の行程で、参加者9名による研修旅行を実施しました。

3日間とも天候に恵まれ、絶好の観光(研修)日和でしたが、初日より鹿児島空港10時50分発、種子島空港着11時30分の便が機材の不良により欠航となり、急遽鹿児島港より高速船(トッピー)にて種子島港に急ぎましたが、結局15時30分の種子島宇宙センターの見学時間(予約)に間に合わず、宇宙科学技術館の見学のみとなりました。

 

“宇宙科学技術館”

宇宙科学技術館では日本の宇宙開発を幅広く知っていただくため、ロケットを中心に、人口衛星、国際宇宙ステーション、月衛星探査などについても展示紹介されています。宇宙と地球がつながる瞬間をもっとも身近に感じられる種子島ならではの“生きた場所”としてとっておきの体験ができる展示設備です。管内にはロケットの部品に触れるコーナーやタッチゲームなど、触って体験できる展示がたくさんあり、全身で宇宙を感じながらお楽しみいただけます。また、館内のリフトオフシアターでは、壁画と床板を活用した大画面の映像・音やスモークで打ち上げを射点間近で見上げているような臨場感を体験できます。

 

“鉄砲館”

16世紀に種子島の南端、門倉岬にポルトガル人を乗せた1隻の明国船が漂着しました。

14代島主 種子島時暁は彼らが所持していた2挺の鉄砲を大金をはたいて購入し、早速、鉄砲を鍛冶師八板金兵衛清定に、火薬の製法を笹川小四郎に学ばせ、伝来から1年を待たずして国産化に成功しました。

その製法は、瞬くうちに大阪の堺、滋賀県の国友へと伝播し、大量に作られるようになりました。鉄砲の出現によって戦いの方法は一変し、時代は天下統一へと進み長い戦国時代は終焉を遂げた。館内にはポルトガルの初伝銃や国産第一号の火縄銃と伝えられている銃を始め、国内外の古式銃約100挺が展示してあります。

 

“知覧特攻平和会館”

第二次世界大戦末期に編成された大日本帝国陸軍航空隊の特攻に関する資料を展示する施設です。

展示内容は写真、遺書などの遺品約4500点、特攻隊員の遺影1036柱などが展示されています。その展示されている遺影、遺品のほとんどは、知覧特攻平和会館初代館長 板津忠正氏(元特攻隊員)が集めたものです。陸軍関連の総出撃者1036人の内、439人が知覧から出撃したと会館では記録されています。当日、会館内で語り部が当時の模様を熱弁されていました。入館されていた多くの方が、傾聴され、思わず涙されていました。「戦争のむなしさ、平和の大切さ・ありがたさ、命の尊さを痛感し、世界恒久の平和」を祈念しました。

 

“西郷どんゆかりの地”

生誕の地のある鹿児島城下の下加治屋町は明治維新関連・薩摩藩士は西郷隆盛・大久保利通・大山厳・吉井友実・村田新八など錚々たる歴史上の人物が誕生した地です。「西郷隆盛君誕生」と書かれた石碑を訪れました。近くに維新ふるさと館があります。また、車窓より西南戦争で最終決戦地となった城山を背景にした西郷隆盛銅像(陸軍大将制服姿)と、最後の5日間を過ごしたといわれる洞窟を見ました。

 

“仙厳園”

1658年に第19代当主 島津光久によって築かれた薩摩藩主 島津家の別邸です。目前の桜島を築山に錦江湾を池に見立て壮大な作庭は、数ある大名庭園の中でも他に類を見ないスケールの大きさです。

歴代当主に愛されたこの庭園には徳川将軍家に嫁いだ篤姫や海外の要人も足を運びました。その後も歴代当主による改築が重ねられてきました。2015年に「明治日本の産業革命遺産」として世界遺産に登録されました。観光当日は快晴で、桜島は雲一つなく(噴火の白煙は少しでていました。)全景を見ることができて壮大な景色を堪能しました。



種子島宇宙科学技術館

種子島宇宙科学館①(1024x768).jpg

 

 

知覧特攻平和会館

知覧特攻平和会館② (1024x768).jpg

 

 

仙巌園より桜島を望む

仙巌園③ (1024x768).jpg

 

 

仙厳園入口

仙巌園入口④(1024x768).jpg

 

Calendar Loading
PAGE TOPPAGE TOP